今日は実家の車で160キロほど
一人でドライブに行って来ました。
思い切って。
実家発の、一人ドライブ。
初めて。
私はペーパードライバー
普段は運転をしないペーパードライバーの私。
旅先の田舎では、車を借りて運転したりします。
実家では、住宅地を運転するのが怖い、という理由で、長らく運転していませんでした。
この理由も本当。
でも、実家の車を運転しだすと、
脳内での自問自答、対話が活発・・・!
テーマ1
脳内A「まず、実家の車に乗って出かけよう!と思ってから、実行に移すまで、結構日数かかったよね。なんで?」
私「なんでかなあ。お天気が悪かったり、その気にならなかったりしたからね・・・」
脳内A「ちょっとした用事でも、車を使わないで、自転車で行ったり、歩いて行ったり、誰かに頼んだりするよね。なんで?」
私「そこまで車を必要としていないからね。無理に運転しなくてもいいし、運転に慣れていないし。」
脳内A「でも、運転できたら便利だなあとは思うよね?旅先では運転できてるよね?」
私「そうなんだよね。旅先では、不慣れとはいえ、車には乗れるし、割と長距離運転もする。なんたって、アメリカのサンフランシスコでも免許とって101とか走ってたもんね。」
私「わかってるんです。私が実家で運転しないのは、”親の許可”を無意識に求めているから。」
脳内A「親の許可?」
私「何かをするためには、親に許しを得ないといけないと思っている。まだそんな意識が残っている。」
私「そして、車は親のものだから、使う許可を取る必要があるって意識。」
私「他には、親にとって、運転に不慣れな私のドライブはまだ危険なことだから、心配させたくないという気持ちがある。」
私「昔、九州を一人旅した時、電話越しに父親の心配する言葉を聞いて、体が固まったことがある。その後の車の運転はとても怖かった。心配が伝染したのか、親の心配が鎖のように、私の体に重石となる。」
脳内A「親が心配するのはわかるけど、心配したからって、自分にはなんの影響もないよね?運転したければすれば良いだけの話。」
私「そうだよね。親が心配してくれるのは、気持ちとしてありがたいこと。感謝する。以上!だね。」
脳内A「そうそう。」
私「親の心配そうな声を聞くと、勝手に、事故を起こしたり、危ない目にあうことを勝手に想像していたけど、私の勝手な妄想だよね。運転は安全にしているし、無茶なことはしない。無事に何事もなく帰宅するつもり。」
脳内A「そうそう。心配と危ないことは無関係!」
私「安全運転、楽しいドライブ。」
脳内A「そうそう」
私「勝手に結びつけていたけど、関係ないってことがわかった。実際今もこうして安全に、結構上手に運転できているもんね。」
私「なんだか、呪いから解き放たれた気分」
脳内A「その調子」
テーマ2
私「普段、実家の車を運転しない他の理由は、私が弱い存在であること、も意味しているかも。誰かに頼りたい。頼られたくない。そんな感じ。」
脳内A「誰にとっての弱い存在?」
私「親、弟たちかな?」
脳内A「弱い存在って?」
私「自分で車を運転できたら、車に乗せて、って頼れないし、親の世話をする事を期待されてしまう気がする」
脳内A「頼れないの?」
私「頼れるかもしれない。自分で運転出来たとしても、車に乗せて、車で連れて行ってって頼めば良いんだよね。」
私「なんで頼れないと思ってしまっているんだろう。出来ることと、頼ることは別なのに。」
私「わかった。車を自分の好きな時に乗れるように練習して、乗る。そして、必要な時は頼る。」
脳内A「良いね。」
私「親の世話については、難しいな。弟たちは仕事や子育て、家庭の用事が忙しい。そんな中、親から要望があったら、今はちゃんと対応してあげている。母親が運転できるので、父親の通院については、母が運転している。母は弟たちには迷惑をかけたくないので、あまり頼ることをしない」
私「私が運転できるようになったら、弟たちから、”お姉ちゃんにお願いしたらいいやん”と言われそう。それはある意味恐怖。介護なども絡んでくるからね。」
脳内A「弟たちは、全部お姉ちゃんに押し付ける気持ちはないよね?」
私「多分。私が勝手にそう思い込んでいる。しょうがないけど、自分の家庭優先になっているのを目の当たりにしているからね。」
私「独身のお姉ちゃんが全て面倒を押し付けられる、という、よくある世の中の問題を、勝手に自分に当てはめて考えている・・・」
脳内A「怖いよね」
私「無力な私でいたら、関わらずに済まされると思っている」
私「親の世話や介護に関わらずにはいられないだろうが、運転と切り離す。そうしないと縛れるだけ。また、世話や介護については、私だけで問題を抱えない、被らない。みんなで、対応する、ということを”意図”しよう。」
脳内A「意図すること、大事だね」
私「**だったら嫌だ、という風に、望まない未来を意図することが多いよね。危ない。望む未来を意図しよう。」
脳内A「そうそう」
私「これも、なんとなくスッキリ。”意図”の正しい使い方をしようっと。」
呪縛を解いたもの
脳内の会話がかなり饒舌で、
運転しながら、別世界を見ていました。
それなりに答えが出たのは
私が、「自分で作っていた縛り」から抜け出して
実家の車でドライブをする、という行動を
したからだと感じます。
生理前の重い身体を動かして・・・
良かった。
その行動に対して、エゴが騒いで
あれこれ、びっくりするほど
会話が発生しました。
それに対しては、私自身が意図して
「大丈夫」「(既にもう)問題ない」
と、自分自身に言い聞かせる事が出来ました。
自分では薄っすらわかってるけどどうにもならない事。
結構、どうにでもなる、のかも。
これからも気軽に車を使って行こうと思います。
安全第一!
追記:
帰宅後、母に「病気でずっと家にいるお父さんを、どこか気分転換に連れて行ってあげたい」と話しました。母一人では父を連れて遠出するのは重荷だから、それは助かるとのこと。
本当は長男、次男である弟たちが母をサポートして、気遣いをしてくれたら良いのですが・・・私は長男の役割をしたくないと思っているのに、してしまう。(長男の役割に対する思い込みや勝手な定義もあるのだとも気づく)
娘がやっても良いですよね。(弟たちにも自発的に動いて欲しい・・という思いは残る)
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